2014年2月23日日曜日

新入生募集企画!専修大学てっけん・なんでもデータ①


こんにちは、専修大学鉄道研究会です。

関東地方を襲った大雪など、今年は例年以上に厳しい冬でしたが、まもなく春がやってきます。
受験生の皆さんも進路が決まった方もいらっしゃるかと思います。進学する大学が専修大学であれば我々も嬉しい限りです!

そこで、新入生・受験生の皆様に専修大学鉄道研究会に関する様々なデータを発表!これを見れば新入生・受験生だけでなく、在校生や現メンバーも鉄道研究会のことがもっと分かる…かも?
今回は基本的なデータについてご紹介したいと思います。
 
データNo.1 専修大学鉄道研究会の歴史
専修大学鉄道研究会は、1972(昭和47)年創部の、今年で43年目を迎えるサークルになります。
ここ最近の活動として、都電貸切・コミックマーケット参加・他団体などとの交流があります。

データNo.2 部員数
平成26年2月現在、部員数は21人。42年間で2番目に多いメンバー数です。メンバーは基本的に仲が良いので、新入生のあなたもメンバーみんな快く受け入れてくれますよ!

ちなみに学年別の割合は…
4年生・・・2人
3年生・・・8人
2年生・・・4人
1年生・・・7人 になります。

データNo.3 生田メンバーと神田メンバーの比率
専修大学は生田キャンパスと神田キャンパスがありますが、どちらのキャンパスにもメンバーが所属しています。
比率は、生田:神田=17:4と生田キャンパスが多いですが、基本的に生田・神田一体になって活動しています。神田を疎外することはありませんのでご安心ください(笑)

今回はここまで。次回も様々なデータをお届けします!
 
小田急ロマンスカーの主役、50000形VSE。2005年の登場以来様々な世代から人気を集めるスーパースター。
(2013年8月25日 和泉多摩川駅)

~専修大学鉄道研究会からのお知らせ~
専修大学鉄道研究会では新規会員を募集しています。学年・学部・性別等は問いません。
必要なのは「鉄道旅行に出たい!」「鉄道写真を撮ってみたい!」「鉄道模型走らせたい!」「何でも良いから鉄道に関する話をしたい!」というあなたの気持ちです。
「鉄道関係あんまり詳しくないんだよなぁ・・・」と不安になっているあなたもご安心下さい。
当鉄道研究会には鉄道に関する知識の浅い・深いを問わず様々な会員が所属しています。
各会員で色々な情報交換をしながら楽しく活動していきましょう!
詳しくはメール[sensyu_train@yahoo.co.jp]しくは第3学生自治会館B1Fの部室04にてお待ちしております(基本的に授業期間中の昼休みは常駐しております)。
         
当鉄道研究会のTwitterも是非ご覧ください。アカウント名は「@senshu_train」です。もしくは
[ https://twitter.com/senshu_train ]へアクセスしてください。

2014年2月20日木曜日

2014春消える列車・消える景色Part.4~「せとでん」の赤い電車・名鉄瀬戸線6000系~

こんにちは、専修大学鉄道研究会です。
「2014春消える列車・消える景色」今回は関東を飛び出し、中京地方の大手私鉄・名古屋鉄道(名鉄)瀬戸線にスポットを当てます。
4月6日(日)に瀬戸線から撤退する通勤用車両6000系をご紹介します。

瀬戸市内にて開催されるイベントを告知するヘッドマークを掲げ走行する。(2013年8月26日 大曽根~矢田間)

~名鉄瀬戸線、栄町乗り入れから36年間の歩み~
名古屋の中心部・栄町と瀬戸物で有名な尾張瀬戸を結ぶ名鉄瀬戸線。他の名鉄路線との接続駅を持たない孤立した路線です。
沿線住民からは「せとでん」の愛称で親しまれています。
かつては名古屋城のお堀を小さな電車が走るローカル線でしたが、1978(昭和53)年の電圧1500V昇圧・栄町乗り入れにより通勤路線に生まれ変わりました。
その後、高架化や駅建物の改築・車両の置き換えなど近代化が図られ、2008(平成20)年より瀬戸線専用の通勤用車両4000系が登場しました。

これからの瀬戸線の主役・4000系。(2013年8月26日 矢田~大曽根間)

~「せとでん」の赤い電車たち~
かつて瀬戸線の電車は緑色でしたが、1960年代より赤色の塗装をまとうようになり、1978年の栄町乗り入れに伴い車両の総入れ替えを行った結果、赤色の近代的な車両に統一されました。
6000系をベースとして瀬戸線専用に製造された6600系、旧型電車の走行機器を再利用した6750系など、様々な個性派車両が活躍しました。

~瀬戸線6000系の軌跡~
6000系は1976(昭和51)年に名鉄初の本格的な通勤用車両として登場しました。
瀬戸線に投入されたのは1995(平成7)年と遅く、老朽化した車両を置き換えるために名古屋本線系統から転用されました。
当初瀬戸線には2両編成8本が投入されましたが、その後の追加転用により最終的には4両編成7本が投入され、瀬戸線で最も車両数の多い形式になりました。

朝ラッシュを終えて一休み。(2013年8月26日 尾張瀬戸駅)

~赤い「せとでん」の終焉~
栄町乗り入れ30周年を迎えた2008年、ステンレス車両4000系の登場により30年ぶりに車両の総入れ替えが行われることになりました。
これに伴い従来の車両は順次運用から離脱し、保存されることなく廃車解体されました。
最後まで残った6000系も例外ではなく、2011(平成23)年から廃車が始まり、現時点では4両編成1本が最後の活躍を続けています。
4月6日(日)をもって6000系は瀬戸線での定期運用から撤退することが発表されており、これをもって瀬戸線は4000系に統一されることになります。また、個性豊かな面々であった瀬戸線の赤い電車の半世紀近い歴史に終わりを告げることになるのです。

 左写真:朝ラッシュの通勤・通学輸送に励む。(2013年12月27日 大曽根駅)
右写真:4000系(左)と6000系(右)、新旧主役車両の並び。(2013年12月27日 大曽根駅)

瀬戸線からの撤退に伴い、さよならヘッドマークの掲出・記念乗車券の発売・さよなら運転の実施など様々なイベントが企画・実施されています。
名古屋本線系統ではまだまだ現役で活躍するものの、瀬戸線での役目を終え消えていく赤い電車たち。個人的には最後の雄姿を見に行きたいと思っています。

1編成には引退を前に招き猫のラッピングが施された。
撮影日の運行中に車両トラブルを起こし運用から離脱、そのまま廃車となった…(2013年12月27日 大曽根駅)

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2014年2月17日月曜日

大雪の首都圏を走る列車たちの記録

こんにちは、専修大学鉄道研究会です。


2週連続で関東・甲信越地方を襲った記録的大雪により、交通・物流は麻痺し、人々の生活は今も混乱しています。
鉄道も例外ではなく、運転見合わせなど列車の運行に大きな影響が出ました。しかし、大雪の中でも列車たちは力強く走行していたことも事実です。
今回は大雪の中を走る列車たちをご覧ください。

粉雪の中、走行する南武線の205系。(2014年2月8日 登戸駅)

高崎~熱海間の臨時快速「伊豆いで湯やまどり」として運転された485系のジョイフルトレイン「リゾートやまどり」。
高崎行は大雪のため横浜駅にて運転が打ち切られた。(2014年2月8日 横浜駅)

降りしきる雪の中、高架線を走る埼京線E233系。(2014年2月14日 浮間舟渡駅)

道上に雪が積もっている中でも都電荒川線は走っていた。
(2014年2月14日 向原~大塚駅前間 公道より撮影)

小田急線は運転見合わせのほか、特急ロマンスカー・多摩急行の運休など大雪による様々な影響が発生した。
(2014年2月15日 和泉多摩川~狛江間 狛江駅ホームより撮影)

最後になりますが、今回の大雪で関東山沿い・山梨県を中心に甚大な被害が発生しており、山梨県では交通網が遮断され県全体が孤立している状態にあります。
人々の暮らしが元の状態に少しでも早く戻ることを祈りつつ、今回は筆を置かせていただきます。

2014年2月12日水曜日

2014春消える列車・消える景色Part.3~新性能電車のパイオニア・秩父鉄道1000系~

こんにちは、専修大学鉄道研究会です。
「2014春消える列車・消える景色」第3回目の今回は、3月をもって引退する元国鉄101系の秩父鉄道1000系をご紹介します。

国鉄時代の塗装に戻されて活躍していた1000系。(2013年8月4日 熊谷駅)

~新時代の電車・101系通勤型電車~
第2次世界大戦後の大都市圏の通勤・通学輸送を支えたのは、いわゆる「旧型国電」でした。車内は木製、吊り掛け駆動方式という旧来の動力システムを使用し、基本的には茶色(ぶどう色2号)の塗装をまとっていました。
しかし激しさを増し、殺人的ラッシュとまで評された通勤・通学輸送を旧型国電が支えるのは次第に困難になったほか、東海道本線など主要幹線の電化が進み、機関車牽引の列車主流の時代から電車主流の時代になったため、それにふさわしい新しい運転システムの開発が求められていました。

第2次世界大戦下の輸送力増強のために1944(昭和19)年に登場した旧型国電63系。
後に72系に改造され、1980年代まで日本中の通勤・通学輸送を支えた。
写真は名古屋のリニア・鉄道館に保存されている63系。(2013年12月27日)
 
101系は1957(昭和32)年に、新世代の動力システムであるカルダン駆動方式を採用するなど、旧型国電とは全く異なる運転システムを持つ「新性能電車」として登場しました。101系のメカニズムはその後登場した国鉄の電車に引き続き採用され、現在でも多くの車両でそのメカニズムが生かされています。
当初は「モハ90系」という形式名でしたが、1959(昭和34)年に「101系」に改められました。
101系は中央線快速で活躍を始め、山手線や中央・総武線各駅停車などにも投入され、現在の通勤車両のように各路線ごとに異なる塗装を纏いました。
その後、101系をベースとして、より経済的な103系通勤型電車が開発されたことにより101系の増備は終了しましたが、1985(昭和60)年まで中央線快速にて活躍し、南武線・武蔵野線などでも使用されました。
JR線上では2003(平成15)年まで、南武支線(尻手~浜川崎間)にてワンマン化改造を施された2両編成が活躍していました。

~101系第2の人生・秩父鉄道1000系~
埼玉県の羽生~三峰口間を結ぶ秩父鉄道は1986(昭和61)年から101系を譲り受け、1000系として使用を開始しました。当初は黄色に茶色の帯を巻いた塗装でしたが、その後白色ベースに青色と赤色の帯を巻いた塗装になりました。
非冷房で導入された1000系も1994(平成6)年から冷房装置が設置され、パンタグラフ増設・ワンマン化改造なども施されました。
2007(平成19)年以降、国鉄101系時代の塗装にリバイバルされた編成が登場しファンや利用客を楽しませました。

 右写真:中央線快速時代のオレンジ色に戻された1000系。(2013年8月4日 熊谷駅)
左写真:京浜東北線時代のスカイブルー色に戻された1000系。 (2013年8月4日 桜沢~寄居間)
 
さらに、秩父鉄道導入時の塗装や、1000系以前の秩父鉄道の車両の塗装になった編成も登場し、バラエティ豊かなラインナップになりました。
 
秩父鉄道導入時の塗装になり、「蝋梅(ろうばい)」をアピールしたヘッドマークを掲げる。
地方私鉄では数少なくなった貨物列車(右)と並ぶ1000系(左)。
(2012年2月4日 長瀞駅)

かつての秩父鉄道の標準カラーを纏うのはこれが初めてとなった。(2012年2月4日 三峰口駅)
 
~101系の終焉~
しかし、2008(平成20)年より東急電鉄から譲渡された7000系(元東急8500系)、7500系・7800系(元東急8090系)の導入により順次置き換えが始まりました。
リバイバル塗装も次々引退し、2014年2月現在現役で走るリバイバル塗装はオレンジ色1編成のみになりました。また、現行の標準塗装の編成も1編成のみになり、計2編成が最後の活躍を続けています。
秩父鉄道では、2月1日より1000系引退記念乗車券・特別デザインのフリーきっぷの発売や土日限定で運転時刻の固定などが行われています。
また、2月22日・23日には標準塗装編成の引退に合わせた貸切運転&撮影ツアーが計画されており、現存する2編成を連結した6両編成での運転が予定されています。
 
後継車両となる7500系(左)・7800系(中央)と並ぶ標準塗装の1000系(右)。(2013年8月4日 熊谷駅)
 
 
登場から57年。登場から終焉まで黙々と通勤・通学輸送に徹してきた101系通勤型電車。
最後の雄姿を見に皆様も秩父路に足を運んでみてはいかがでしょうか?
 
(ブログ作成に当たり、部員に写真を提供していただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。)


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2014年2月7日金曜日

2014春消える列車・消える景色Part.2~さらば「パノラマエクスプレスアルプス」 富士急行「フジサン特急」2000形~

 皆様こんばんは。専修大学鉄道研究会です。

 専修大学では、1月28日より春休みに入りました。試験や課題レポートなどがひと段落して春休みに何をしようかと思いを巡らせている部員など皆心の内はそれぞれとなっているであろう今日この頃でしょう。

 さて、今回は現会長の「長キマ」が担当させて頂きます。学園祭の終了後に会長に就任いたしました。今回が初のブログ投稿になります。今後、度々お目にかける機会があるかと思いますがよろしくお願いします。

 「2014春消える列車・消える景色」今回は、富士急行線の特急列車「フジサン特急」について紹介したいと思います。
 

 「フジサン特急」は、2002年2月から富士急行線内で運転されている特急列車であり、使用されているのは富士急行に在籍している「2000形」と言う電車です。
 現在この2000形はファンから注目されている鉄道車両のひとつとなっています。2000形は元々JR東日本が所有していた、いわゆるジョイフルトレインの1つであった「パノラマエクスプレスアルプス」を富士急行が譲り受けた車両です。この「パノラマエクスプレスアルプス」は、国鉄の分割民営化の直前である1987年3月に165系急行型電車を改造したものです。
 
 このフジサン特急の2000形が今ファンの脚光を浴びているのは、この165系を改造したことにもあります。まずは、この165系がどのようなものなのかについてからお話することにしましょう。

1. 165系について

 165系は、旧国鉄が1963年から1970年にかけて製造した直流急行形電車です。
 
165系の例として。JR東海の企業博物館「リニア・鉄道館」に保存されている車両。
この車両は現役時代の晩年には写真の前面が登場当初の原型を保っている車両として有名だった。
 (2012.12.23 リニア・鉄道館館内にて)
 
 現在、JR線での定期の急行列車は青森~函館間の「はまなす」のみとなりましたが、1970年代後半~1980年代初めまでは多くの路線で特急列車と急行列車がそれぞれほぼ同じ本数で両立して運転されておりました。
165系は上越線の「佐渡」、「よねやま」や中央本線の「アルプス」・「かいじ」・「かわぐち」・「こまがね」と言った勾配の急な路線の急行列車に使用する目的で開発された電車でしたが、登場間もない頃から東海道・山陽本線等の平坦な路線でも使用されました。
 なお、鉄道による移動が今よりも遥かに旺盛であった修学旅行の輸送に適合させた167系と、碓氷峠の急勾配を長い編成で上り下り出来るようになっている169系と言う仲間もいます。
 
 
 167系の例として。登場当初の姿を模したモックアップ
 (2013.12.24 鉄道博物館敷地内にて)
 
  169系の例として。2013年まで現役だったしなの鉄道の車両のうち国鉄色に塗り戻されたもの
 (2013.2.3 戸倉駅にて)
 
 さて、国鉄の分割民営化が近づいた時期になると、多くの路線では急行列車を特急列車に格上げする措置を採るようになりました。このため165系を含め急行列車に使用されていた車両は本来の目的を失った車両が多く発生し、普通列車や快速列車、更には「波動用」と言われる臨時列車用として割り振られるようになりました。

2. 「パノラマエクスプレスアルプス」の誕生

 国鉄から急行列車が続々と姿を消す一方で、内装を畳敷き、もしくは座席を特急型車両の物よりもグレードの高いものにして、さらに宴会の出来る区画を設けるなどして大人数のツアーの団体臨時列車に対応した車両が作られるようになりました。これがジョイフルトレインです。
 これを作る元になる車両(これを「種車」と言う)には特急用車両から普通列車用の車両まで様々な物があり、急行型車両も種車に選ばれることがありました。「フジサン特急」の元となった「パノラマエクスプレスアルプス」は、165系の中でも比較的後期に製造された車両のうち、由来の異なる3両編成2組を元に改造したものでした。改造の際には、端の先頭車に展望室とラウンジ、中間車には個室を設け、座席も床の高さを上げるハイデッカー構造にした上で特急用車両と同じリクライニングシートを付けるようになりました。また前面にカメラを搭載し、客室内にテレビ画面を設けることで展望部分に座らずとも前面展望が楽しめるようになりました。
 
 展望室が設置された側は原型をとどめていない。
(2013.12.28 河口湖駅にて)
 
展望室が設置されなかった側はかつての面影を残す。
(2013.12.28 富士山駅にて)
 

 「パノラマエクスプレスアルプス」は、中央本線を中心に団体臨時列車や多客期の一般の乗客も乗ることの出来る臨時列車に使用されました。後に譲渡されることになる富士急行線や、碓氷峠にも入線した実績を持っています。2001年に入り引退が発表され、同年8月の青梅線での臨時快速列車での運行をもって運行を終了しました。

3.  第2の活躍の場「フジサン特急」へ
 
一方、富士急行では1998年から特急列車の運転を開始しました。当初は京王5000系を譲り受けた「1000形」という車両のうち、座席を転換クロスシートに交換した車両を使用していましたが、富士急は自社にも入線実績のある「パノラマエクスプレスアルプス」引退の際にこれを譲り受け、特急列車に使用することで観光客を呼び寄せることにしました。これが「フジサン特急」の誕生です。
 譲渡の際には車体側面に富士山を様々な形で擬人化したものがラッピングされるようになりました。また3両編成2組を組み合わせていた物を、線内のホームの長さの関係で別々に運行させるようにしました。
「フジサン特急」に転用された後の様子。写真は第1編成
(2012.3.7 大月駅にて)
 
 
キャラクターの1例。写真は「教育ママ」をイメージしたという「フジママ」。「フジママ」の息子「プジ」というものもある。
(2012.3.7 大月駅にて)
 

「パノラマエクスプレスアルプス」は「フジサン特急」として第2の活躍の場を得ましたが、この間165系のうちジョイフルトレインに改造されなかった車両が、新型のE257系などの特急型電車に突き出された183系など従来型の特急型電車に置き換えられる形で2003年に全て引退することになりました。同じ年、167系も姿を消しました。
 2004年の時点で165系の仲間で残るのはこのフジサン特急の富士急行2000形と、長野県のしなの鉄道の169系のみとなりました。その後2013年4月をもってしなの鉄道の169系も姿を消し、残るはフジサン特急のみとなったのです。

 そのフジサン特急も今年夏ごろをもって引退することになりました。2000形に代わるのは当鉄道研究会の主な所在地である生田キャンパスのふもとを走っていた小田急のロマンスカー20000形「RSE」となる予定で、現在改造が進められています。


3両編成化・バリアフリー対応などの改造工事が進められている20000形「RSE」。
車両工場への甲種回送の前に小田急線内を自力回送したときの一コマ。
(2013.11.8 成城学園前駅にて)
 
 
置き換えに先立って、2000形は、2編成あるうち製造時期の古い2番目の編成について2月9日をもって引退させることになり、昨年11月30日からかつての「パノラマエクスプレスアルプス」の塗装に戻した上で「フジサン特急」として運行しています。もう一方の1番目の編成は現在検査中で、「フジサン特急」のうち一部の列車は他の車両での運転となっています。2番目の編成が引退した後は1番目の編成を使用して元ロマンスカーの到着を待つようです。「フジサン特急」の運用には2編成いずれも必要なようなので、一部列車の他の車両での運転は、2000形の引退まで続きそうです。
 現在165系の流れをくむ電車として最後の現役車両となった富士急行の「フジサン特急」2000形を求め、富士急行を訪ねてみては如何でしょうか?


「パノラマエクスプレスアルプス」時代の塗色に塗り戻された2000形第2編成の活躍も間もなく幕を下ろす。
(2013.12.28 富士急ハイランド~富士山間にて)
 
 
(ブログ作成に当たり、部員に写真を提供していただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。)


~専修大学鉄道研究会からのお知らせ~
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 当鉄道研究会には鉄道に関する知識の浅い・深いを問わず様々な会員が所属しています。各会員で色々な情報交換をしながら楽しく活動していきましょう!
 詳しくはメール[sensyu_train@yahoo.co.jp]若しくは第3学生自治会館B1Fの部室04にてお待ちしております(基本的に授業期間中の昼休みは常駐しております)。
         
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2014年2月5日水曜日

2014春消える列車・消える景色Part.1~ベイエリアと小江戸を結ぶ埼京線205系~

※この記事は2014年2月当時の埼京線205系の動向について記述したものです。

こんにちは。専修大学鉄道研究会です。

さて、JRグループ・一部の私鉄では3月15日(土)にダイヤ改正が実施され、定期運転を終了する列車があります。
また、新型車両の導入によりこの春を持って引退する車両もあります。
そのような消える列車・車両たちにスポットを当ててご紹介するシリーズ「2014春消える列車・消える景色」、第1回目の今回はまもなく引退ともいわれる埼京線の205系をご紹介します。
最高時速100キロで高架橋を快走していく埼京線205系。(2013年9月11日 浮間舟渡駅にて)

~埼京線205系、25年間の歩み~
東京と埼玉を結ぶ路線として1985(昭和60)年に開業し、川越線大宮~川越間と直通運転をする埼京線。205系がデビューしたのは1989(平成元)年、まだ新宿駅で折り返し運転をしていた頃でした。
登場後しばらくは大きな変化はありませんでしたが、埼京線は1996(平成8)年に恵比寿まで延伸、さらに2002(平成14)年に大崎駅まで延伸し、同時にりんかい線(大崎~新木場間)との相互直通運転を開始しました。
この頃から205系にも変化が現れました。2001(平成13)年には女性専用車両の導入・一部編成への6ドア車連結開始といったラッシュ対策が行われ、2002年のりんかい線乗り入れの際には行先表示器がLED式に交換されました。
以来10年以上の間りんかい線70-000形とともに、10両編成32本の205系がベイエリアから埼玉の小江戸・川越を結んできました。

左写真:大宮方2・3号車に連続して連結された6ドア車。205系は恐らく最後になるであろう終夜運転にて。(2014年1月1日 新宿駅にて)
右写真:りんかい線70-000形(手前)の各駅停車を追い越し、快速川越行として先を急ぐ205系(奥)。(2013年9月4日 武蔵浦和駅にて)

山手線から転属した車両はドアの窓が小さいのが特徴。
この編成には6ドア車が連結されていないので「6DOORS」のステッカーが貼られていない。長野へ廃車回送される時の一コマ。
(2014年1月16日 中央線国立駅にて)


~E233系の運転開始、205系の撤退開始~
しかし、2012(平成24)年にE233系10両編成31本の投入が発表され、2013(平成25)年6月30日から営業運転が開始されました。
E233系が増備されるにつれ205系は運用から離脱する編成が増加、徐々にその数を減らしていきました。
2014年1月中旬には全てのE233系が出揃い、いよいよ埼京線からの引退も近くなってきました。

2006(平成18)年の登場以来、瞬く間に首都圏各線の主役になったE233系。埼京線用は7000番台に区分される。(2013年9月11日 赤羽駅にて)

~埼京線205系の終焉、そして新天地へ~
運用から離脱した一部の205系は電気機関車に牽引されて長野へ廃車回送されていく姿が目撃されるようになりました。
また、インドネシアの鉄道会社に10両編成18本が譲渡されることが決まり、新津(新潟県)まで電気機関車に牽引された後、新潟東港から輸出されています。既に現地に到着し改造を受けた編成も存在します。
さらに、日光線・東北本線宇都宮~黒磯間への転用のため4両編成に組み替えのうえ改造された編成が2本存在します。

EF64形電気機関車に牽引され、帰らぬ旅に出る205系。(2014年1月16日 中央線国立駅にて)
 
2月1日(土)~28日(木)まで、一部編成にヘッドマークが掲示されました。このヘッドマークは新宿・新木場方面と大宮・川越方面の先頭車でそれぞれデザインが異なっています。

上写真:新宿・新木場方面の先頭車のさよならヘッドマーク
下写真:大宮・川越方面の先頭車のさよならヘッドマーク
 
具体的な時期は不明ですが、まもなく引退の日が近づく埼京線205系。205系が活躍している横浜線・南武線にもE233系の投入が発表され、横浜線では2月16日(日)の営業運転開始に向けてE233系の試運転もスタートしています。
1980年代~1990年代に首都圏に大量増備された205系も置き換えられる立場になりました。皆様も通勤・通学輸送に就く205系の雄姿を記録されてはいかがでしょうか?
すれ違う205系。当たり前だった光景もE233系の投入により過去のものになっていく…(2013年9月11日 浮間舟渡駅にて)
 
(ブログ作成に当たり、部員に写真を提供していただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。)

※2014年7月現在、205系は1編成がヘッドマークを外した状態で土休日を中心に活躍を続けています。
 
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